職人インタビュー

 

山本晃久山本合金製作所

●和鏡の製法を受け継ぐ唯一の工房

――現在、手仕事で和鏡を製作する唯一の工房なんですね。
かつては京都市内だけで10軒以上の鏡職人の工房があったそうですが、需要の低下に伴って減少し、今はうちだけになってしまいました。現在は4代目の父と私のふたりが技術を受け継いでいます。

――そもそも「和鏡」とはどのようなものなのでしょうか?
和鏡は溶かした金属を成型してつくる鋳造品です。工程は大きく分けて「鋳造」「削り」「研ぎ」の3工程。まずは鏡背の文様を施した砂型に溶かした地金を入れて鋳造し、鏡面を金属製のヤスリで削ります。その後、水に濡らした木炭で研磨していくのです。手先の微妙な感覚が仕上がりの良しあしを決めるため、うちの工房では今もすべての作業を手仕事でおこなっています。

――どのような場所で目にすることができますか?
明治時代にガラス鏡が普及するまでは金属製の鏡が生活の必需品でしたので、一般家庭でも洗面や化粧などに使われていました。

現在は社寺や博物館などに納めることがほとんどです。うちで手がける鏡でもっとも多いのが神社のご神鏡ですが、これは御霊代(ご神体)として本殿に納められています。ご参拝の折に目にすることはあまり無いでしょうから、あまり身近ではありませね。

●幻の「魔鏡」

――「魔鏡」とはどのようなものですか?
鏡面に光を当てると、反射光に鏡背の文様が投影される鏡のことを魔鏡と呼んでいます。鏡面を極限まで削ることで起きる現象ですが、昭和49年に祖父が製法を解明するまで長らくその原理は不明とされてきました。

――魔鏡はいつ頃から存在したのでしょうか
古代中国では魔鏡現象を起こす鏡を「透光鑑(とうこうかん)」と呼んで珍重していた記録が残っています。また、2014年には「卑弥呼の鏡」との説がある古代の青銅鏡を調査した結果、魔鏡現象を起こしたという報道がありましたね。
魔鏡の原理は説明しづらいのですが、簡単に言えば、薄く削った鏡面に目に見えないほどの凹凸が生じ、鏡背の文様が反射光のムラとなってあらわれるという仕組みです。

金属製の和鏡は使用していくうちに曇ってきてしまうため、定期的に職人が磨き直しをするものです。そうして使い続けていくうちに鏡面がすり減ってしまい、偶然に「魔鏡現象」が起きることはありえます。明らかに意図して製作されたのは江戸時代に弾圧された隠れキリシタンたちが使っていた「切支丹魔鏡」でしょうね。かなり高い技術を持った鏡師が製作したものでしょう。祖父も切支丹魔鏡と出会って、製法の解明に着手したそうです。

――印象に残っているお仕事はありますか?
近年、人の想いに応える仕事が多くなってきたように感じます。災害にあったある神社の御神鏡の復原では、地域全体の心の拠り所を再興するためのお手伝いができて職人冥利に尽きる思いがしました。
和鏡が生活必需品ではなくなった今、和鏡の役割は祈りや願いを受け止めるためだけになりました。現代に製法を受け継ぐ鏡師として、そうした意義も一緒に継承していきたいと思います。